日々更新の1月15日から16日

大阪府知事選記録<2日間の>小山広明


2004年1月15日晴。ぐっすり一気に眠って6時過ぎまで眠ってしまった。

8時40分には選管からも来るんですかと電話。もう五分で行きますと言って法円坂

の高速を降りて左に曲がる。



黄色のジャンバーと赤い帽子はイメージカラーなので脱いで下さいと云われた。シャ

ツ一枚になって時を待つ。



今や情報公開が政治である。どんな情報を出せるかである。府民にわかる情報を出し

府民と一緒に予算政策をつくり議会に出す。議会は修正も当然あるとの前提で議論を

し決定をする。知事は職員と共に透明性のある行政運営をする。そうする事で課題や

問題点が出て来て決定責任を追っている議会に府民の関心が高まる。そういう当たり

前の府政にすると云うのが基本的な訴えである。




昨年母が亡くなり金のあるはずのない母から供託金の300万円が出せるお金が出て

来た。生活の糧にしてもいいのであるが今回で13回目の選挙になる。母には苦労の

掛け通しだった。親には心配をかけるものとの例えもあるが死んでも心配をかけると

云う事になったが私が目指して来た政治を普通のものにと云う思いを一人ひとりに訴

える事は母えの供養にも成ると思って今日ここに立てた。人間の温もりが感じられる

府政を一人ひとりの府民に立場をおいて進めていきたい。

母の事になって泣いてしまったた。



車を自分が運転して、途中太田候補の事務所が大林組のビルの西側にあった。エール

を送っておおさか駅へ。

演説を終えて通路で握手を求めて訴えた。以外と応じて頂いた。ばったり芦屋市議の

松木さんとあった。



得意の路地裏運行である。京橋で演説をしていると知っているかと云って来た男性が

いた。云われれば見覚えがある「カツミヤ」40数年前が蘇った。

バスが後ろから来て次の地へ向かう。三浦守口市議が近畿市民派議員学習交流会にい

くと云うのでエル大阪に立ち寄った。

報告は12時までと云う事で若干遅れたが6分程御挨拶をして会場を出た。

鶴橋に地下鉄で行く。

駅下の商店街を歩く。東京からから来た週刊プレーボーイの記者がゲルラ選(戦)で

すねと云う。イヤーこんな選挙があるんだと東京弁で。予定を追加して釜ケが崎にも

付いて来た。

三角公園で演説をする。記者を新今宮で降ろしてキジムナに寄りりんごジュースをの

んで難波駅前2ケ所で演説。港区の関生連帯に挨拶。港合同にも挨拶に行きもう一度

難波でやってと電話が入り難波に引き返す。声をからして五時半から今日最後の大き

な街頭演説をここで行った。

軽井沢の岩田薫さんから激励の電話。勇気に感動したと。夜中には20時過ぎ松下洋

一前市川町長からも行きますからと激励の電話が入る。



16日金曜日晴。今朝もよく冷え込んだ。

8時半に車やに車を持っていく。地元市場大発団地内をハンドマイクを持って知事に

立候補しました小山広明ですと言って回る。

路地を歩いていると頑張ってと出勤前の男性が声をかけてくれた。工事をしている人

が小型重機を動かしている4人の作業員が向うで手を上げてくれた。曲がろうと思っ

たがそちらへ向かった。ガンバリやと野太い作業員弁で力付けられる。この辺では熱

心なお百姓が鍬を片手にエールを送ってくれる。昨日もここのお母さんがガンバリや

と少し腰がまがった体を起こして声をかけて頂いた。

皆テレビや新聞で立候補をしったのである。驚いた驚いたといろんなところで聴こえ

て来る。9時半に車が出来上がり取りに行く。確認団体のビラを印刷する。

奥村貴夫さんから手書きのポスターがフアックスされた。

脱ダムネットから公開質問状を早く届けてと電話が入る。しかしフアイルが開けなく

てそれを連絡しているのですが届かないのである。公開質問状には全て答えている。

この日もこの事でやり取りをしながら午後3時に解答した。ダムには反対である事を

公約にもした。

英語の試験があるので街宣を自粛しての連絡が入り。試験場は五つと言ってフアック

スが流れて来た。延々と出て来る17枚の内「7」と言う数字が出ている。すぐにス

トップを押す。このストップ初めて使う機能である。止まった。すると又電話。1回

でベルが成るフアックスだ。又ストップを押す。見ると「03」発信ではないか。東

京からだ。勿体無いと思ったが掛けた。1月23日1時から3時まで自粛と言う事な

ので何れにしてもそれらしき所ではしないと言ってフアックスは送らないでという。

それでもかかって来る。又電話する。この作業をしているのは他には誰もいなく私一

人が対応している。



奥村さんに印刷責任者がないですよと早く言わないとと気が焦る。16日から掲示板

に貼ると。電話番号がない。探すがマ−こういう時にはすぐにわからない様に意図的

にしているわけではないが見つからない。焦れば焦る程老眼の乱視の目には捜しずら

い。ようやく見つかって電話をすると出ました貴夫さん。選管に聞いたらコピーはか

かなくてもいいと言っていたと『何をいらん事を言うんや』とは言わなかったが、普

通なら言うだろうがそこは優しい貴夫さん。

19日に八尾に行く事も約束した。10時近鉄八尾駅に。そして1月27日18時か

ら八尾市プリズムホールで小山広明個人演説会が行われる第一号である。

「来てクレマッカ」とい割れて喜んでと答える。河内のおッさん貴夫チャンである。

この人が市長選に出た時に応援にいった事をいつも言って頂いて必ず選挙の時はあったかい言葉とあの肉体を持って来てくれる本当に優しい力持ちなのだ。今回も諸手を

挙げて喜んで頂いた一人である。



今日朝の毎日新聞を開いて驚いた。主要3人の同じスペースで私の大一声をカラー写

真入で紹介しているではないか。因に私の所は毎日新聞である。

『将来像熱っぽく訴え』「主な4候補」とある。3ではないのだ。

私の見出しは「行政の生情報全てを出す」

因に現職で自民・民主・社民・公明・連合等が押す太田房枝さんは「やるべき仕事残

っている」

共産が押す梅田章二さんは「政策の抜本的な転換図る」

プロ野球選手で民主党参議院議員で自民・民主の議員ら個人的に押す江本孟紀さんは

「リーダー代わればできる」

である。



私の紹介記事で「事務所を設けず選挙カーも自分で運転。ポスターつくらず、府民に

メッセージを書いた紙を自分のスペースに貼るよう呼び掛けている」



事務所ではないが作業場と言うところでしょうか工場跡に返って来るとカギが外れて

いてトビラが半開き。あれカギをせずにいったのであろうかと不安に。中は電気も付

いていない。入ると自転車に大根が3本くくり付けられている。赤い自転車が目に入

る。暗いところでポスターを書いている山田まりさんがいた。



この後、2人で岡田浦漁港に行く。

今年初めて海に出たという底引き漁の奥さんたちが夫、息子の帰りを待っているとこ

ろである。

おめでとうございます。知事選に出ます小山です。

がんばりや、入れるで。お父さんも言うていたで入れな、と。

あったかい心が伝わって来てこれでいいのやろうか。

妻広子さんが昨日広告紙の裏に「貞子さん(母の名前)が苦労したお金を使ってやる

んやから道楽者といわれない様に」との主旨の鉛筆書きがテーブルの上においてあっ

た事を思い出す。「奥さん離婚せいへんけ」といわれて。13回離婚のような話は常

にあったものな。しかしいつも新鮮なんだなこれが。慣れると言う事はない。

この辺ではゴジャゴジャいう必要はない。知事にでますで通じる。軽四で来た人が止

まって「お前は選挙好きか」がんばれよ。市(場)が立つ時はマイクでオワラン様に

せいよ、又言われるさかいに、な。頑張れよ、負けんなよ。



午後3時から出ていき午後9時頃に返って来るアナゴ漁のこしらえ中の船は旧港にあ

る。準備が終わった4人が談笑している「こんな少ないところに来ていてどうするン

やもっとようさんいるところへ言っておわらんとや。ここではお前は有名やけれど。

」がんばれよ!。

携帯電話。新聞広告のゲラが出来たのでフアックスするので事務所に戻る様にと。泉

南市役所前で演説をしようとしていたのですが変更だ。

まりさんの自転車を後ろに載せて阪南市まで街宣をする。「知事候補」と書いたステ

カーが少しめくれかけ。上に上がって押しピンで4角をとめる。3時にまりさんを鳥

取の荘駅で降ろして南に走る。沢ナオミさんの住む箱ずくり団地をていねいにまわる

。手を上げている人がいる。昔泉南市で働いていたと言う81歳の高橋人美さんと言

う人である。男性である。ガンバレよ。知っているんですか。知っているよよくビラ

を駅頭でまいていた事を知っている。しばらく話す。

帰り、美容院から3人の女性が何ごとと言うような顔でこちらを見ている。何となく

親しみを持ってあれが小山さんやと言っている様に感じた。100メートル程走った

が気になって戻ってトビラを開けた。「恐い人」と人が言うのを聞いていたその知り

方である。何で出るンよ。100%すべるのが分かっていて。気持ちを話す。母が残

してくれた金があって立つ事が出来たと言う段になると胸がつまる。母が願った事は

一人一人が大事にされる社会をと言う事であろうと、生活費に使ってもいいのである

が今日まで13回目の選挙になる。生きている時も苦労を掛けてが死んでも苦労をか

ける事になるがきっと許してくれるのではないか。300万円と言うお金は私にとっ

てはとてもためれるお金ではない。このお金を皆で使って一人一人が大事にされる世

の中をつくろうと一人でも思う人ができる事が大切であると思うのです。何で仕事が

できる市会議員を辞めて市長選に出たのとも聞かれた。議会は仕事のできるものでな

い事はよくわかる。入った事がない人が議員は仕事をしているものだと思っている様

だがだいぶんちがうのである。議会の中だけではいい仕事は出来ない。選挙が大事で

、ここで一人一人が思いを語り合いお互いが変わっていく事が社会が変わると言う事

ではないでしょうか。

どう言う選挙をするかでどう言う政治が行われるかである。まったく知らない人に共

感を与えれるか。その発想力がとわれる。組織や政党の上に立って立っている人も一

言で失脚する事はありえる。一人に感動を与える事ができるかどうかである。

30分はその場で話したか。ミカン食べなさいよと剥いて出して頂いた。おいしい。

選挙に行かないでおこうと思っていたが行くわと言われた。

もう外はすっかり暗くなっていた。途中中学生がとうくから手を振っている。曲がり

にくい道であったが引き返し降りてビラを渡し話をする。頑張っての声。

南海団地を走る。途中腹が減って好きなクルミパントりんごジュースを買う。283

円。府営石田団地を回り泉南警察署前を通り尾崎駅前山側でビラを配布。100%に

近く受け取って頂く。たこ焼きやのおばさんに挨拶。薬屋さんにも。ここはまりさん

の2回の選挙で顔なじみである。駅でオシッコを借りて泉南市に向かう。

途中パートをしていた同僚の広島さん宅に寄る。旦那がいてはってまだお目当ての奥

さんは仕事から帰っていない。



よく働くテキパキとした大分鍛えられた。こういう人に行政のアドバイザーになって

もらうといいいな。男里川を渡ると泉南市。時計が午後7時を過ぎたところ。サザンコーストタウンをぐ

るっと回って酒屋に入る。ビラを配ってやるから何枚か、と立ち飲みながら。わしゃ

お前さんすきやねん。やっぱり地元から出さなと。小かげ団地、男里南海団地と回っ

ていると手を上げている男の人がいた。車を寄せると新聞を見て嬉しかったと言われ

た。ビラなら何枚でも配るさかい、と少しお国訛りのある言葉で強く手を握って来た



関空の観測塔の跡地が住宅地になっているそこをくまなく回る。

この地には亡くなった村中小百合さんの言葉がある。

くいが抜かれるその杭にしがみつく住民を機動隊が引っこ抜いていく場面である。

渾身の筆力で糾弾する村中さんの魂がここにあるような気がする。

地方自治体も住民の強い反対の中で空港に反対を言わなければ保守系の候補者も立て

なかったころである。そういう流れからだんだんと議会行政が反対運動に水をさして

いったころである。「調査」と言う名で工事は着々と進められていった。

その結果が今日の大阪府の全国ワーストワンである。地元和佐野市の膨大な借金まみ

れ。泉南市においても100億円少しの税収に対して500億円をこえる借金となっ

て来ている。「空港で豊かになる」とか「税金がただになる」とさえ言われのに豊ど

ころかこの御時世に公共料金の値上げラッシュである目的の空港支援と地元工場の移

転を名目に埋め垂れられたりんくうタウンは大型商業施設の大阪府の誘致で青息吐息

の地元商店街の足を更に引っ張ろうとしている。地元市町もその事に手を貸す始末で

ある。



村中さんの思いを聞いておればもっとゆったりと安心して暮らせる世の中になってい

たものをである。

アメリカの武力攻撃に支援をすると言うような事もなかったであろう。既に関空はア

メリカから戦争への協力を求める第一候補として名指しされている。

軍事利用はさせないと言う中で開港後、阪神大震災の時は軍用機が救援物資を運んで

関空に着陸した。「目的が平和だから」と言った。

日米合同軍事演習が滋賀県あいば野で行われた時は、米軍が民間機で来た。

泉南向井市長はこの時なんの批判もしなかった。

危険は優しい言葉でやって来る典型である。



この知事選でイラク派兵に反対する候補者に1票でも多く集まる事でイラクへの自衛

隊派兵はストップする可能性をもっている。

市民の責任として如何なる戦争でも許しては成らない。その責任は小泉純一郎だけに

あるのではなく、わたしたち一人ひとりにあると言う事を実際に感じる事から始めな

ければ成らない。具体的には一人ひとり独立して存在している。この事を今回の選挙

で一番言いたい。



この住宅地を出て前畑府営団地を回り、墓地問題でともに動いた五月団地を回る。

いつも行くお好み焼きやの数10メートル前で午後8時の時報を聞いて今日の凱旋(

街宣)を終えた。一人もいいものである。