2008年11月
役選議会報告
初の公平な役選だったが
11月12日、私は初めて年長(66)の故を持って議長席に座った。
署名議員に新人の河部、田畑議員を指名、ここで原稿は「暫時休
憩」と書いてある。
既に2人の市民が傍聴席にいた。
ここからは原稿に無い運営になった。
本会議開催の事前の各派代表者会議は全議員の意志が反映されな
い、一人会派を参加させない形で本会議に至っている。
この後、予定の議長選の任期は法的には4年ですが、これ迄の1年
の申し合せでいいのか、新人も参加し全議員で議論願いたい、と
言った。
真砂・南議員(以後敬称略)からは決定にしたがえ/本会議では相
応しく無い等の意見も出て、暫時休憩にして、議員は自席で待機
を指示し全員協議会に切り替えたが議員全てが退席した。
しばらくして本会議再開。
入ってこないのではとも考え、その場合には催告をして過半数に達し
なくても会議は開ける地方自治法を確認した。しかし全員が入
場、全員協議会に切り替え、法的には4年、その法律に従わない1
年交代というのであれば全議員の合意が必要である。これまで1年
交代だったからは根拠にもならない。特に年度途中での交代では
行政のチエックも政策提言も出来ない。又、委員会や審議会の委
員も変わリ仕事が出来る状況では無い、と私は言った。
梶本議員からこれまで通り一年任期で/成田議員は皆に聞け/大
森議員は共産党は1年任期で/堀口・南・真砂議員は各派代表者会
議で決めた通りに行え/北出議員は多数に従え、となぜ1年交代か
は言わない。議題とし暫時休憩をした。
私が各派代表者会議の座長に着いた。申し合せの変更を事務局
に指示をしたが渋られ、手で書きで書いたものをコピーをし幹事
長に配る。
1回目は会派に持ち帰り、午後1時再開、拓進クラブから谷議員だ
けが告げられ、1時半に本会議。私(臨時議長)の指名で谷が議長が
選ばれた。
私は首長よりも権限を持つ議会が「肩書きにつく事が目的化」
している様な全国の現状を泉南の議長選びを通して主権者市民の
関心を議会に集めたいとの願いは果たせなかった。
叉も各派代表者会議
私を排除
谷議長の下での各派代表者会議は私にはお呼びでは無い。でも席
に座った。「結論は出ている」と5会派は私の参加を無視する戦
法。
大森副議長の推薦を5会派で決め、後で谷議長が「立候補します
か」と聞きに来た。立候補制では無いんだからと答える。本会議
で迷ったが何の行動も取れなかった。
この後、監査の推薦の協議。
これは10日の私も入った各派の幹事長による協議で初めて4年間を
公平な役職で割り振る合意によるもので、それなりに評価できる
が、正式に決める場に私を参加させず進められ、休憩をして又谷
議長が聞きに来たが、推薦される見込みは無いが「私も立候補」
と言った。南議員の暫時休憩発言で皆出て行った。監査に立候補なら(副議長)
ポストはいらないのか、に当然ハイ
だ。本会議の反対討論で何ものにも影響されずに意見を言うのが
議員の立場と言った。
もやもやが晴れた。
私も人並み役職にこだわっていたのである。それを向こうからとっ
て頂いた。有難う。
ポストと入れ替えに私は「自由を得た」
市民の立場で伸び伸びと活動します。
泉南市議会役職一覧
谷外嗣議長、大森和夫副議長、井原正太郎監査委員
■総務常任委員会 真砂満委員長、副=森裕文。
委員=河部、井原、中尾、成田
■厚生常任委員会 北出寧啓委員長、副=竹田光良。
委員=木下、和気、南、小山
■厚生常任委員会 松本雪美委員長、副=原憂子。
委員=角谷、田畑、大森、梶本
■空港等まちづくり対策特別委員会
委員長堀口武視、副委員長梶本茂躾。
委員=真砂、田畑、松本、井原、竹田、森、小山
■行財政問題対策特別委員会
委員長中尾広城、副委員長木下豊和。
委員=角谷、河部、成田、和気、原、北出、南
■議会報編集委員
和気委員長 原副委員長
委員=河部、梶本、南、小山
■清掃組合議員
谷、大森、真砂、北出、堀口、小山
■農業委員
田畑、成田、中尾、梶本■都計審議会委員
角谷、松本、井原、森、堀口
■開発公社評議委員
谷、大森、田畑、松本、原、森、南、小山
■国保運営協議会委員
和気 木下、北出、竹田、森、小山
■不動産評価審議会委員
真砂、松本、北出
■公害対策審議会委員
木下、大森、竹田、小山 森、南
■総合計画審議会委員
角谷、木下、松本、井原 中尾、梶本、南、小山
■部落差別などあらゆる差別の撤廃と人権擁護審議会委員
真砂、河部、成田、原、梶本 南、小山
■医療問題懇談会委員
大森、竹田、谷、北出
■住居表示審議会委員
大森、谷、真砂、松本
■07年度決算委員
角谷、河部、田畑、成田 竹田、中尾、森、梶本、南
■09年度予算委員
真砂、木下、松本、井原、原、和気、北出、堀口、小山