補選当選後報告

2010年5月7日


市議補選をやらせない田畑仁市長候補に代わって辞め、
古谷公俊さんの立候補を可能にした。
選挙で座を得た者が選挙させないなんてやって良いのか!


4月25日、幼稚園を「地域から無くす」かを問う選挙
無くす向井市長当選、
残す田畑は落選・小山は10104の6票差当選。
28日、無効1695票に古谷票ありの申し立て出される。


開票の流れ 市長選は
向井=5900モ9700モ12676票
田畑=4800モ7300モ 8623票
市議補選は ( )前回
古谷=4200モ7200モ9500モ10098票
小山=3300モ4700モ9500モ10104票
無効票 市長選 605(521)
市議補選 1695(2538)


市議補選やらせないという「間違った判断」も若者・市民の証と言って
3月26日の最終本会議でこれは「議会人としての責任」であると言い、議員
全員の承認で私の辞職が可決したことでの「市民の権利」を守った中で、古
谷氏の立候補は可能になった。


市議の座を市民に返す為には補選をしなければならない。その為には選管の
事務処理上10日前に欠員が生じていなければならない。
それを「補選させない期間」に使った。


こういう事を避けるには

告示日後10日を経て選挙すれば良いので法改正が必要でその取り組みもして
行きたい。
身替わり辞職で、しかも権利を与えた人と闘う、一見理解され難い例のない
こと故、理解され難い中で、上記の様に4200と7200の大差を開けられ、86%開票時には9500の同数となり、最後には・・。
これ又過去に例のない(本選では前々回に一票差当選が)当選である。


私は市民の立候補する権利を守り、批判をしても田畑を引き続いて応援し
(これがまた分かりにくい)、役人出身の市長から、市民の市長を誕生させ
ようと田畑の補選をさせない問題を我が問題とした。


その古谷氏を推薦した(向井氏も)自民党の機関紙は
『訳の分からない辞職で600万円の補選費用を使わせ(と言って意義申し立
てで金を使わせる)』と言い、古谷の選挙広報で『議員の定年制度の実施
へ』と言い、田畑陣営も『議員定数減の先取り』と補選ツブシの「正統性」
を全戸配付で主張した。
共に自ら議員を軽んじる「大衆迎合」の態度である。
その結果は彼等の思う通りではなかった。
オモシロイ。


『私が入れたから当選したんやで』と市民が考え考え出した超素晴らしい、
泉南市民の良識を満天下に示して余りある市民と協働の「作品」である。
総ての皆さん、本当に有難うございました。


子どもの笑顔が響く地域社会

先の市議選で向井市長に批判的な議員が7人から11人になった。
市長選を向井さんと闘ったT・T議員が今回の市長選で向井支援に名を列ね
吃驚した。
3月議会でこの二人が市民に対しての「裏切り」とも言える賛成で10対9で
『全幼
稚園廃園』予算4億8900万円が可決をした。


選挙に行かなかった57%と、向井氏に投票しなかった8623人と、選挙広
報・葉書で一人、全幼稚園廃園反対を言った私への1万百4人の力を結集し
て、地域の就学前子どもの教育・保育施設を老人施設も一緒にして「総合人
間育て『三つ子の魂百迄』の精神を踏まえた」真のインフラ「子どもの笑顔
溢れる」幼児教育施設の維持発展を市民主導でやっていきましょう。


【後記】今回、看板も出さずの「一人選挙」。68才と33才は安心と活力の象徴・33
才の市長選出馬事態が活力と希望(街宣フレーズ)/無効票の中身は立会人
によると「小山バカ」とか「死ね」が10票程(以外と少ない)、両名表記も
それぐらい、後は白紙と/19回目の選挙、12回の落選で得た歳を重ねる程
大胆に挑戦できる事を知った、この事が広がればムチャ超嬉しい/28日の代
表者会議で私の新たに当選での農業・百条委員復帰をダメと言われた。古谷
氏だったらどうしたんだろうか。定数は誰の為に、
定数は組織の基本を成すものではないのか。